2020年8月15日 (土)

60 夏真っ盛り夏真っ盛り

(..;)と☀猛暑が続く今日この頃・・・本当に暑いですね。コロナの影響で休校が続き、遅れを取り戻すために今年の夏休みは短いと聞きました。この暑い中勉強もはかどらないのでは・・・先日、中学最後の試合を終えた(2番センター・3回1イニング投手・・・2打数1安打2死球・三者凡退に押さえる好投)孫も受験生の夏を迎え勉強に励んでいることでしょう。今年はコロナウィルス感染拡大の影響で山や海へも出かけにくい状況が続いています。早く終息して来年は楽しい夏休みが迎えられるといいですね。

Cimg1533 Cimg1532 Cimg1534

Cimg1526 Cimg1528 Cimg1527

| コメント (1)

2020年8月10日 (月)

59 夏の花

新型コロナウィルスとこの暑さで閉じこもりをしています。それにしても衰えを知らないコロナの勢いこの先不安しかないですね。気温も体温超え(自分の平熱35.8度)間近か。夏に咲くきれいな花でも・・・手元にある家紋帳に載っている花を探してみました。

朝顔・方喰・桔梗・欄・それに茄子と瓜。

Cimg1516 Cimg1525

Cimg1517 Photo_20200810115201

Cimg1518 Photo_20200810115301

Cimg1521 Cimg1524

Cimg1520 Cimg1522

Cimg1519 Cimg1523

| コメント (0)

2020年8月 3日 (月)

58 神頼み

 感染拡大に歯止めが効かないコロナの勢い。阻止するのは一人一人の行動にかかっているのに、その意識のない人のなんと多いことか(>o<)  こうなると神様仏様にお願いするしか方法がない。絵を描くことで疫病のCimg1492流行りを防ぐ御利益があるという「アマビエ」という妖怪が各地で登場している。群馬県高山村にも巨大なア マビエが田圃の中に出現した。このような時期でなければ直接見たかったが・・・Web上から写真を拝借しました。早く元の生活に戻りたいですね。

網の威光を呼び寄せる神具に「弊」があります。神官がお祓いに用いたり、神に供えたりします。神に供える布製のものを「幣帛」(へいはく)、お祓いに用いる紙製のものを「御幣」(ごへい)と呼びます。神にお酒を供えるときに使われたのが「瓶子」という、細長くて口の狭い瓶です。

神 様 (^∧^)、オ、ネ、ガ、イ 早くコロナの勢いが止まりますようにm(_ _)m 

Cimg1490 Cimg1485 

| コメント (0)

2020年7月27日 (月)

57  巴紋

太鼓や軒丸瓦などにも描かれている、コンマや勾玉のような形をした日本の伝統的な文様の一つである「巴紋」。巴紋の由来には、弓を引くときに使用する鞆を図案化したものだので、もとは鞆絵と呼んだとか、雷の図から・・・とか諸説あるようです。

巴紋には「巴」という単独の紋はなく、数、形状、向き、その他の紋との組み合わせによって多くの紋章ができあがっている。一つ巴・二つ巴・一番目につく三つ巴など、向きでは右巴・左巴があり、丸い頭を描いて尾を右へ流したものを「右巴」、尾を左へ流したのを「左巴」と呼びます。数と合わせると「右四つ巴」などと表します。形状では、尾長巴や渦巻き、文字形など、組み合わせについては限りがありません。
武道の神である八幡神の伸紋として用いられると、他の神社も神紋として用いるようになったとされている。常陸鹿島神宮、京都吉田神社、紀伊熊野神社、京都石清水八幡宮等々。武家では宮本武蔵、京都所司代・板倉家等々

 Cimg1468Cimg1462Cimg1460

Cimg1469 Cimg1474

Cimg1471Cimg1470   Cimg1472

Cimg1477 Cimg1476 Cimg1475

| コメント (0)

2020年7月26日 (日)

56 唐花・花角・花菱

均整がとれて美しい形の唐花・花角・花菱は多くの公家が調度品などに使用した。花角と花菱は家紋帳で区別されているが、元は唐花を変化させた紋紋である。五枚の弁が唐花で、四枚の弁が花角、花角を菱形にしたのが花菱である。唐花は実際の花ではなく、中国から伝わった花文様紋である。花角紋は四方花菱と呼ばれた時期もあったようだ。武田氏は「武田菱」という菱紋を家紋としているが、花菱紋を使用していた時期もあるようだ。また、唐花、花角、花菱の紋は「木瓜紋」と共に使われることが多い。織田家、有馬家、大村家、新撰組の沖田総司など・・

2018_0730_105022cimg0624_20200726133201  2018_0730_105052cimg0625_20200726133201 Cimg1452

2018_0730_105140cimg0626_20200726133201Cimg1456Cimg1458

| コメント (0)

2020年7月24日 (金)

55 井桁と井筒

井戸の地上部分を囲むように木で組まれた「井」の形をした木組みのことを井桁あるいは井筒と呼ぶ。本来は「井」に組まれたものを「井桁」、「〇」に組まれたものを「井筒」と呼んだが、家紋帳では「菱形」の紋を「井桁」、「正方形」の紋を「井筒」と呼んでいる。丸が正方形になった訳は調べてみたが不明。
古代昔より、渇きを癒して命をつなぐ大切な水。生きるために無くてはならぬ水が湧く場所は、神がいる神聖な場所として祀られたといわれる。徳川四天王の一人である井伊直政の祖は、井戸端に神が抱いて現れ、傍に橘の花が置かれていた、という伝説もある。家紋は「丸に橘」、旗印は「井」である。また、日蓮宗の寺門は「井桁に橘」であるが、日蓮上人が井伊氏の出であるとか、井伊直政が日蓮宗に宗派替えしたとか・・という説もありましたが・・・また違う説もあるのでしょうね。

Cimg1445 Cimg1443

2018_0611_095304cimg0315_20200724153301Cimg1442

| コメント (0)

2020年7月20日 (月)

54 団扇と扇

暑くなりましたねぇ~~~(..;)(..;)(..;)です。そこで団扇と扇の家紋を調べてみました。団扇紋は一般的な形の団扇と、棕櫚の葉で作った羽団扇そして「軍配団扇」という唐団扇の三種類が多いようです。

扇紋には日の丸扇、骨扇、檜扇などがありこちらは多くの種類の家紋があります。松平氏、奥平氏、秋田氏、中津氏、佐竹氏などが使用していました。牛若丸伝説の鞍馬寺は羽扇でした。

Cimg1430 Cimg1431 Cimg1432 

Cimg1433 Cimg1436Cimg1434

 

Cimg1438  Cimg1428Cimg1435_20200720142801

Cimg1429Cimg1439

| コメント (0)

2020年7月10日 (金)

53 会津若松城

鶴ヶ城とも呼ばれる。城の歴史は古く、南北朝期、蘆名直盛がこの地に黒川城を気づいたのが始まり。14代続いた蘆名氏を破って伊達政宗が入城するも、翌年豊臣秀吉の欧州征伐でこの地を追われる。代わりに藩主となったのが蒲生氏郷である。7層の天守閣、本丸などを内堀で囲み、二の丸、三の丸を作り高い城壁と深い堀をめぐらす大改修をしたのが秀吉期待の氏郷で名も若松譲と改めた。その後、上杉景勝や加藤嘉明)と変わり、嘉永20年に保科正之が藩主になり保科氏は松平に改名し松平容保で幕末をむかえる。戊辰戦争のときの白虎隊の悲劇で知られる。名門・蘆名氏(丸ノ内に三つ引き)から伊達氏(仙台笹)蒲生氏(対い鶴)上杉氏(上杉笹)加藤氏(下り藤)と名高い武将が続き、日本史上、屈指の名君と呼び声高い保科正之(平九曜)、そして最後は松平氏(三つ葉葵)が会津の藩主であった。

保科正之・・二代将軍・秀忠の妾腹の子であり、三代将軍・家光の異母弟、さらに家康の孫にあたる人物である。社倉を建て領民を保護し、儒学を好んだ。正之を表舞台に出したのは家光であり、手腕を買われ四代将軍・家綱にも仕えた。江戸城の天守は3度も建て直されていた。そして、3度目の天守は明暦の大火で焼失した。家継は天守再建を計画したが、江戸の町の再建が優先されねばいけないと判断し、天守は二度とそびえることはなかった。「眺望を楽しむだけの天守に材を費やすのは無駄」と提言した正之の言葉が大きな影響を与えたとされている。

2018_0611_100624cimg0393_20200710182401Photo_20200710182601 Cimg14272018_0611_100250cimg0374

Photo_20200710182901Cimg1426Photo_20200710183201 

 

 

| コメント (2)

2020年7月 7日 (火)

52 月・月星紋

自然紋の中で最も多いのが月・月星紋ではないだろうか。月の形は三日月型と円形があるが、圧倒的に三日月型が多い。円形は月ではなく星として表現している紋蝶もある。細川家の家紋である「離れ九曜」などはその典型であろう。三星に一文字で有名なのが「渡辺星」と毛利の「長門三星」がある。一文字が渡辺氏は三星の下にあり、長門三星は上にある。こんな説もある・・・一文字が渡辺氏の祖である「渡辺綱」で三星が「坂田金時」「碓井貞光」「卜部季武」の三人を表している、というもので、源頼光の四天王であることを意味する。いろいろな説があるものですね。月星紋で有名なのは千葉氏紋でしょう。日はを「天照大御神」、月は、「月読命」をを表している。菊紋以前の天皇家の紋章である、と記載してある本もありました。太陽も月も星も神秘的ですね。

Cimg1423Cimg1424Cimg1421

2018_0611_095408cimg0319_20200707140201Cimg1420Cimg1416

 

| コメント (0)

2020年7月 4日 (土)

51 日足紋

日の光を足と読んだところが面白い紋である。本来は「日紋」であったらしいが多くの武将が使用したために区別をつけるために日差しを加えたらしく、ほとんどが日足紋もなっている。本来、太陽を尊ぶ民族であるので太陽神・日輪崇拝から用いられたとも言われる。武田信玄屋上杉謙信、織田信長なども旗印に用いたが、家紋にするまでには至らず、なぜか九州の大名に多く用いられている。肥前の竜造寺家・大村氏そして豊後日田木下氏、筑後の草野氏など。江戸時代には鍋島氏も使用した。

Cimg1414 Cimg1415 2018_0611_095648cimg0337

| コメント (0)

«50 村上義清