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2014年4月 9日 (水)

江戸城散策3

さてどこまで行きましたっけ・・そうそう松の廊下まででしたね。

次は、長屋造り2014_0408_115537cimg4060の武器庫「富士見多聞」です。松永弾正が大和多聞城にこのような長屋を築いたのが始まりのようです。
2014_0408_115836cimg4063 石室・・広さ20㎡。用途は不明だそうですが、非常の際の倉庫のような役目をしたのではないかと言われているそうです。
2014_0408_121313cimg4066 天守閣跡・・高さ11mほどの天守台が残っています。3度建て替えられましたが、明暦の大火で焼けた後は、保科正之(秀忠の異母弟)の意見を入れて建て替えはし
2014_0408_121440cimg4067 ないことに決まりました。火事で焼けた街の復興が先ということでした。どこかの議員さんたちに聞かせてあげたい言葉ですね。

北詰橋門・・本丸の背後に位置し、本丸に至2014_0408_123959cimg4072近の地点ですので、濠は深く、石垣は堅固であったそうです。

2014_0408_132442cimg4074 北の丸公園・・江戸時代の始めには、千姫や春日局、家康の側室お勝の方や駿河大納言・徳川忠長の屋敷があったそうです。今はいろいろな木々や花が楽しめる公園になっています。
2014_0408_132649cimg4075 半蔵門・・徳川家康の危機を何度か救った服部半蔵に対して、家康が与えた屋敷。側へは近寄れませんでした。
2014_0408_134701cimg4079 桜田門・・井伊直弼暗殺の桜田門の変が怒った場所。雪の降る朝だったので、共侍の刀には、柄袋が被せてあり、襲撃の際に抜刀するのに時間がかかり、老中の命を守ることができなかったそうです。
2014_0408_135508cimg4083 二重橋・・手前の石橋と奥の鉄橋を合わせた通称になっていますが、奥にある鉄橋が、江戸時代は二重の橋桁の木橋であったので二重橋と呼ばれた。本当は石橋、鉄橋と呼ぶそうです。

これで約7kmに及ぶ散策は終了です。2万歩近く歩きましたので多少足が張っていますね*^-^*) ニッコリ☆

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